日本の研究開発においては、物質・材料・デバイスといった「マテリアル」分野への強みをもっており、これまでにリチウムイオン電池 や 青色発光ダイオードといった世界に貢献する技術を生み出した実績を持っています。
しかし、近年では世界各国でのマテリアルに関する研究開発が加速する中で日本の競争力が落ちてきているという課題も抱えており、2020年4月、政府は「マテリアル革新力強化のための政府戦略に向けて (戦略準備会合取りまとめ)」を取りまとめ、発表しました。
「マテリアル革新力強化のための政府戦略に向けて(戦略準備会合取りまとめ)」が決定されました / 経済産業省
https://www.meti.go.jp/press/2020/06/20200602002/20200602002.html
この発表をはじめ、Society 5.0の実現に向けた科学技術・イノベーション政策を具体化した「統合イノベーション戦略2021」では、戦略的に取り組むべき基盤技術の一つとしてAI技術、バイオテクノロジー、量子技術と並んでマテリアルが挙げられており、また将来を担う若手研究者への支援として2021年4月より博士課程の学生への生活費支援やキャリアパス確保を掲げた「科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業」の実施が発表され、こちらでも同じく 情報・AI、量子、マテリアルの分野を、国が産学を通じて人材ニーズの高まる分野だとして指定し、支援することを決めています。
総合イノベーション戦略2021 – 科学技術政策 – 内閣府
https://www8.cao.go.jp/cstp/tougosenryaku/2021.html科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業:文部科学省
https://www.mext.go.jp/a_menu/jinzai/fellowship/index.htm
このような数々の政策からも見て取れるように、「マテリアル」は国としても今後より力を入れていくことになる分野であると言えます。そんなマテリアルに関する研究の情報や研究に役立つ製品を、今回の記事ではご紹介したいと思います。
目次
マテリアルはどのような研究分野なのか
マテリアルは、主に物質・材料・デバイスといったものを扱う研究分野になります。これらは私たちの存在する世界を構成するあらゆるものに関わるものとなるため、関連する研究分野は幅広く多岐にわたるのが特徴です。
例えば先述の 総合イノベーション戦略2021で挙げられた取り組むべき基盤技術の AI技術、バイオテクノロジー、量子技術それぞれを進めていく上でも、全てに対しマテリアルは関係してくることになります。AI技術の要となるコンピュータを構成するチップやメモリ、センサなどにもマテリアル技術は必須のものであり、バイオテクノロジーにおいても高機能なバイオ素材やバイオプラスチックが必要、量子技術においても量子ビット、量子センサ、量子マテリアルが必要…と、先端の研究開発において、マテリアルの存在そのものが突破口のような役割を果たすとも言えます。
コンピュータ分野の基盤となるテクノロジー、半導体
マテリアル研究の活躍分野の一例を挙げるとなると、例えばコンピュータを構成するチップ、メモリ、センサにおいては「半導体」の存在が欠かせません。この半導体は電気信号伝達 や 排熱の上で、より効率の良いマテリアルを材料として採用することが重要で、例えばシリコン、ゲルマニウム、セレン、カーボンなどが採用されています。
現在は、加工のしやすさや入手性を理由に半導体の材料にはシリコンが用いられていることが多いのですが、更なる高性能な半導体の開発のために、合成ダイヤモンドを活用する研究がなされています。合成ダイヤモンドとは、鉱石として発掘される希少で高価な天然ダイヤモンドとは異なり、CVD法 (化学気相蒸着法) や HPHT法 (高温高圧合成法)といった科学技術により、人工的に作製されたダイヤモンドのことです。
ダイヤモンドはシリコンと比べて 高い電圧耐性、高い熱伝導率といった特性を備えており、身近な一例としては、来たる将来の通信システム 6G や 7G といった分野での活躍が期待されています。
物質・材料研究機構:ワイドギャップ半導体グループ
https://www.nims.go.jp/research/group/wide-band-gap/
また上記で挙げたシリコンやゲルマニウムといった単元素の材料だけでなく、炭化ケイ素 (SiC) や ヒ化ガリウム (GaAs) などの複数の元素を組み合わせた化合物も半導体には採用されており(化合物半導体)、この場合には化合物によって持っている特性が異なるため、半導体を用いる用途によって最適なものを使い分けることができる…といった利点もあります。
今後ますます大規模なデータを取り扱い、その処理速度もより速く…という技術革新を叶えるためには、優位性のある特性をもったマテリアルの発見や開発が重要となります。
SDGs達成にも不可欠な、マテリアル研究
また先に、Society 5.0の実現のためにもマテリアルの基盤技術に戦略的に取り組んでいくべき…という旨を挙げましたが、Society 5.0 と連動する SDGs の達成においてもマテリアル分野の研究は大きな役割を担っています。
【参考】Socirty 5.0 についてはこちらもご参照ください
以下は先述の「マテリアル革新力強化のための政府戦略に向けて(戦略準備会合取りまとめ)」資料の中で挙げられている図となりますが、17の達成目標の多くでマテリアルに関連するキーワードが見て取れます。
他にも例えば、日本の科学者の内外に対する代表機関である 日本学術会議では、SDGsの各目標に関わる「提言」が紹介されており、材料工学の分野でいうと、目標9:産業と技術革新の基盤をつくろうの項目に対し、材料工学将来展開分科会により「材料工学からみたものづくり人材育成の課題と展望」が提言され、目標12:つくる責任つかう責任の項目に対しては バイオマテリアル分科会により「医療を支えるバイオマテリアル研究に関する提言」がされています。
SDGsから見た日本学術会議 ―社会と学術の関係を構築する― | 日本学術会議
http://www.scj.go.jp/ja/scj/sdgs/index.html
このように、非常に広く、深く、マテリアルに関する研究は必要性があり、また可能性のある研究分野だと言えます。
マテリアルの具体的な活用例
前項ではマテリアルに対しどういった視点で研究がなされているのかをご紹介しましたが、こちらの項ではマテリアル素材側から、その具体的な活用についてみてみたいと思います。今回はグラフェンを例に挙げ、ご紹介します。
グラフェンについて
グラフェン (graphene) とは、炭素原子が6角形格子構造に結び付いた、厚みが炭素原子1個分のシート状の物質です。
2004年にイギリスの研究者、アンドレ・ガイム氏 と コンスタンチン・ノボセロフ氏 がセロハンテープに黒鉛の破片を貼り付けて剥がす…という方法によりグラフェンを得る手段を発見したことで、各分野でのグラフェンの応用研究が進み始めました。
特性としては、同じく炭素原子の結晶であるダイヤモンド以上に炭素原子同士の結合が強いため、物理的にとても強く、引っ張る力に対して世界で最も強い物質とされています。また熱伝導率も世界で最も良く、電気伝導度も世界トップクラスに良いため、これらの特性を生かした様々な分野での活用が期待されます。
グラフェンの活用例
米国の企業である ACS Material 社のWEBサイトでは、グラフェンをはじめとした多くのナノマテリアル活用に関する記事 (ブログ)が公開されています。それらの中から、グラフェンに関する活用分野例の一部をご紹介します。
Blog | ACS Material
https://www.acsmaterial.com/blog.html
宇宙探査 / How Graphene Is Aiding Space Exploration
グラフェンの特性である熱伝導性は、宇宙における温度管理問題の解決に繋がります。宇宙で使用される様々な電子機器を宇宙空間の極端な温度環境から守ることが期待され、例えば、機器を冷却するための機構をグラフェンでコーティングすることで、熱処理を効率化するといったことが考えられます。
またグラフェンで作られた導電性インク「グラフェンインク」とプリンタ (3Dプリンタ)を用いることで、宇宙空間において必要となるデバイスや修理用パーツ、例えば、バッテリーやフレキシブル電子センサ、スーパーキャパシタなどを、宇宙飛行士が現地で作成・調達することができるようになる可能性もあります。
服飾・ファッション / Graphene, E-textiles, and the Future of Fashion
E-テキスタイルと呼ばれる、生地(繊維)そのものの中にヒーターやセンサといった機能がプリントされたり組み込まれた技術(※)において、グラフェンの活躍の可能性が期待されています。
グラフェンが使用されたE-テキスタイルは、その熱伝導性により衣服を快適な温度に保つ機能や、服を着用した人物の動作のキャプチャ、着用者の生体シグナル(心拍数、血圧、呼吸数等)の測定、消防服のような特殊な環境で使用する服に対するガスセンサーとしての機能、周囲の環境エネルギーを吸収しポケットの中のスマートフォンを充電するなどといった、夢のような機能をもった服を生み出す可能性があります。
※E-テキスタイルは、ウェアラブルデバイスやスマートウェアのようにセンサを備えた物理的なデバイスを装着してスマートフォンのような別のデバイスに接続して使用するのではなく、生地そのものが機能を持っており、追加のデバイスを必要とせずに生地自身が電子的に反応するものだと区別されます
抗菌 / The Role of Graphene in Fighting Antimicrobial-Resistant Bacteria
近年、抗生物質に耐性をもった菌が増えてきており、従来の抗生物質に代わる抗菌薬が模索されています。そして、外寸もしくは内寸が約1~100nmという特徴を持つ素材である「ナノマテリアル」が、その代替抗菌薬の候補として考えられています。
抗菌ナノマテリアルとして現在広く研究されているものの一つのが、酸化グラフェン(GO)です。中国科学院上海応用物理研究所 (SINAP)の物理生物学研究室で実施された、酸化グラフェンの単層ナノシートを使用した大腸菌細胞に対する抗菌活性の測定実験においては、酸化グラフェンが大腸菌の増殖をほぼ完全に抑制し、総生存率を最大98.5%も低下させ、また大腸菌細胞の完全性を大きく損失させたことが確認できました。これは酸化グラフェンによる酸化ストレスや細胞膜の物理的破壊が引き起こされたことによるものだとされています。
マテリアルに関するこんな製品の取り扱いがあります
研究開発者向け海外製品調達サービス ユニポス では、最先端のマテリアル分野研究に関連する様々な製品を取り扱っております。海外からの製品調達に関してお任せいただくことで、研究開発を加速するお手伝いとなれば幸いです。
以下、取り扱い実績のある製品の一例をご紹介します。
各種ナノマテリアル材料の調達
前項でご紹介した ACS Material 社をはじめ、海外メーカーの製造・販売しているナノマテリアル材料を、1点より調達いたします。
取り扱いメーカーの一例:
- ACS Material, LLC / ユニポス製品紹介ページ
- 2D Semiconductors / ユニポス製品紹介ページ
- HQ Graphene / ユニポス製品紹介ページ
取り扱い実績のあるマテリアルの一例
- Graphene/グラフェン
- WSe2 (Tungsten Diselenide / 二セレン化タングステン)
- WTe2 (Tungsten Ditelluride / テルル化タングステン)
- h-BN (Hexagonal Boron Nitride / 六方晶窒化ホウ素)
- MoS2 (Molybdenum Disulfide / 二硫化モリブデン)
- Fe3GeTe2 (Iron Germanium Telluride)
- ZrTe5 (Zirconium pentatelluride / ペンタテルル化ジルコニウム)
ハードウェア機器
2D Heterostructure Transfer System / ユニポス製品紹介ページ
ナノマテリアル材料の販売も行っている HQ Graphen 社製の、2Dヘテロ構造接合のための手動転写システム。高品質な2Dへテロ構造の作製のために必要なCCDカメラ、顕微鏡、傾斜回転ステージ等が備わっています。 正確な位置と配置が設定できるだけでなく、結晶フレークの整列に自由度を与えられる点も特徴です。
DiamondView / ユニポス製品紹介ページ
ダイヤモンドの取扱い 世界最大手企業 DE BEERS Group 製の、ダイヤモンド や 合成ダイヤモンドの結晶に短波紫外線を照射し、結晶表面の蛍光を観察することのできる装置。装置をPCに接続し表示された画像を分析することで、天然のダイヤモンドと合成ダイヤモンドの識別鑑定や、結晶評価を実施することが可能です。
ソフトウェア
Phase Equilibria Diagram / ユニポス製品紹介ページ
ACerS (American Ceramic Society) と NIST (National Institute of Standards and Technology) が提供しているセラミックスの状態図データベース。ブラウザベースのデータベースから、29,000件以上のセラミックス状態図を検索でき、関連付けやPDFファイルとしての出力が可能です。
WIEN2k / ユニポス製品紹介ページ
DFT法 (密度汎関数法) を用いた固体の電子構造計算プログラムパッケージ。フルポテンシャル化された(L)APW法に局在軌道を拡張した「(L)APW+lo」に基づいており、バンド構造計算のための最も正確な方式の一つです。
LayoutEditor / ユニポス製品紹介ページ
MEMS、IC のレイアウト編集ソフトウェア。マルチチップモジュール(MCM)、チップボード(COB)、低温同時焼成セラミックス(LTCC)、モノリシックマイクロ波集積回路(MMIC)、プリント回路基板(PCB)などの回路設計にも使用されています。
HSPiP / ユニポス製品紹介ページ
ある物質の他の物質に対する溶解性を多次元ベクトルで示した指標、「ハンセン溶解度パラメータ」のソフトウェア。「分子間の分散力に由来するエネルギー」「分子間の極性力に由来するエネルギー」「分子間の水素結合力に由来するエネルギー」の3点を座標に、グラフとして視覚表示すことができます。
SHELX / ユニポス製品紹介ページ
単結晶X線回折および中性子回折による、小分子 (smallmolecular -SM) と 高分子 (macromolecular -MM)の結晶構造決定のためのプログラム。shelXle, Olex2, Oscail, WinGX, hkl2map, CCP4I2, CCP4 online などのGUIや、ターミナルウィンドウのコマンドラインから呼び出すことが可能です。
まとめ
今回は、マテリアル分野の研究開発についてご紹介しました。
冒頭で触れたように、国として力を入れるべき最先端の研究開発に幅広く関わってくるものでありつつ、その技術は私たちが普段触れる身近なものにまで転用されることとなり、常に最新の技術や製品が生まれる分野だと言えます。
また、最後にご紹介した取り扱い製品は、これまでにユニポスでの取り扱い実績のある製品の一例ですので、この他の未掲載品やこれからも世に出るであろう最新製品など、「この製品の取り扱いはできる?」というものがありましたら是非お気軽にお問い合わせください。これまでに取り扱いのない製品であっても、一から調達ルートをお探し、ご提供致します。
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